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”私”という名の”彼女”

 

”彼女”は私であり、”私”は彼女である。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 



 
2002年01月11日(金) 過呼吸


小学校のとき出かけた混み混みのデパートで、初めて彼女は過呼吸の発作を起こした。

 「息が出来ない。 助けて!」

彼女は喉を掻き毟りながら喘いでいた。
深呼吸をすればするほど、症状は悪化した。
その場にうずくまり、口を開いたまま涎をたらし、埃っぽい床を舐めた。
もう自分は死んでしまうのだろうと思った。

非常階段に連れ込まれて身体が落ち着くまで、何度も意識が遠くなった。
当時は、”過換気(過呼吸)症候群”などという有難い病名も、その対処法も教えてもらえなかったから、
それ以来、彼女の中では ”人の群れ=息の止まる恐怖” という間違った公式がまかり通った。
だから受験生になるまでずっと、人込みを避けて生活した。

 ===

小学4年生の時、虫垂炎になった。
腰椎麻酔で手術を受けたのだが、クスリが効きすぎたらしく自発呼吸が止まった。

 『息が出来ない。 助けて!』

呼吸を奪われた彼女からは、悲鳴さえも上がらなかった。
医者も看護婦も誰も、彼女の訴えには気づかない。
かろうじて自由になる上半身で、彼女は暴れまくり、手術台を叩き、ようやく彼らの注意を引いた。

 「何、何!? どうしたの?」

怪訝そうに看護婦が問う。
彼女は口の形だけで、”い・き、い・き…”と何度も叫ぶ。 気が遠くなる。
鼻にチューブが通され、気管に冷たい空気が送り込まれるまで、彼女は自分がこのまま死ぬんじゃないかと思っていた。
そのあと腹の中を掻きまわされ、激しい嘔吐感と闘う彼女の中で、”息苦しさ”と”吐き気”と”死の恐怖”とが、密かにゆっくりと結びついていった。

 ===

呼吸がままならない恐怖はその度深刻なものとなり、長いこと彼女を苦しめた。

時々、本当に ”息の仕方” を忘れてしまい、
意識的に肺を膨らませたり、縮めたりしなくてはならなくなった。
夜、コレに襲われると非常に厄介で、
疲れて意識を失うまでずっと、深呼吸を繰り返しながら、死の恐怖と独り闘った。

医者である両親に症状を訴えても、
 『大丈夫、大丈夫』  と軽くあしらわれ、納得のいく説明が得られることは決してなかった。
訴えの回数が増えれば増えるほど、両親の答えはぞんざいになっていく。
彼女は、もう自分が愛されていないような気がした。
息が止まって死んでしまっても、そんなこと、親にとってはどうでもよいのだと。

そして彼女は、親に悩みを打ち明けない子供になった。
彼女から”死の恐怖”が消え、思春期にありがちな”死への憧憬”が心を覆い尽くす頃、不思議とこの症状も消えていった。

 ===

高3の時、代々木ゼミナールの夏期講習に出た。
生まれて初めて乗った満員の急行列車で、彼女は物凄い不安感に襲われ、次の駅で降りて吐いた。
やはり人込みは彼女の敵だった。

だから、大学の選定は地図とコンパスとで行った。
叔母の家に下宿することは最初から決まっていたので其処に針を置き、直径を一センチづつ増やして幾つもの円を描いてみる。
満員電車を避けたいが為である。
そうして決まった第一希望が彼女の母校だ。 後は近い順に第二希望、第三希望と決めていった。
勧められて受験した名の通った大学には、周囲の説得にも関わらず、行こうとは思わなかった。
合格はしたものの、それが都心にあったからだ。
新宿経由で大学に通うなんて、三日も耐えられそうになかった。

彼女は徒歩で通学した。

 ===

大学時代、”群集”は憎悪の対象ですらあった。
中性子爆弾が落されて、東京がなくなればいいとさえ思った。
何故、自分と関わりのない”ヒト”がこんなに溢れているのかと、街という街を呪った。

都心への移動には専ら鈍行を使った。
大きなかばんを膝に載せて、彼女は自分を周りから隔絶しようと躍起になっていた。
周りにヒトが来て、酸素が減るのが怖かった。
息の出来ない恐怖は、まだまだ彼女を支配していた。
ヒトが沢山いそうな場所を見つけると、黙って逃げた。

 ===


ところが、去年である!
何気なくつけていたテレビで彼女が、パニック障害という聞き慣れない病名を耳にしたのは。
驚いたことに、出てくる患者達は皆、彼女の症状の拡大バージョンの持ち主だった。
そして彼女は知った。 
自分の症状が ”過呼吸” であるということを。
息ができなくなるのではなく ”息のしすぎで苦しくなる状態” なのだということ、
”過呼吸になったら、手で鼻と口をふさぐなどして、酸素の吸収量を減らせば良い” ということ、
”この症状は、なんら命に関わる重大事ではない” ということを。
(両親は前の部分をすっとばして、結論だけを繰り返していたわけ♪)


彼女は、ちょっと思った: 『私の青春を返せ!』
でも、すぐに思い直した。

  『これでもう、人込みも怖くないぞ!』


 …


そして現在、彼女は全く ”混雑” を恐れていない。
過呼吸の発作にも殆ど見舞われなくなった。


そして前より少しだけ、 ”ヒト” が好きになれたような気がする。


 


 

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