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”私”という名の”彼女”

 

”彼女”は私であり、”私”は彼女である。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 



 
2002年01月18日(金) 熱傷と私(1)

今週末、オフで温泉旅行へ行く前に、どうしても語っておきたい熱傷の話。

私の右太腿には、茶色く翳って見える部分が相当ある。
これが温まると充血し、内股から外股に向かって這う炎のような、紅色のプロミネンスを浮かび上がらせる。
大きな火の刻印は、表だけでなく、尻側にもその手を伸ばし、我が右脚をガッチリとくるむ。 火傷の痕である。
(注1)

===


それは、早朝、まだ夜も明けやらぬ時のことだった。
内蒙旅行の帰りに泊まった北京のホテルで、私は珈琲が飲みたかった。
化粧台の前に座り、インスタント珈琲を入れたカップへ湯沸かし器を傾ける。
だが、電源コードが短すぎて、うまく湯を注ぐことができない。
『コレ、もう少し延びないかなぁ?』
私は片手にカップを持ったまま、もう片方の手で、化粧台の壁側に挟まったコードを引っ張ってみた。
それがいけなかった。

直径1cm近くある丈夫な電源コード。
へその緒のようにしっかりと、ポットに繋がっていたコード。
私は、ポットがこちらに向かって傾くのを見た。
蓋が中途半端に開いた。 
透明な波が、ポットの中から私を指差す。
鏡に映った自分の顔が、酷く間抜けに見えた。

ポットが完全に倒れると、熱湯が机を這う。
全てがスローモーションビデオのように鮮明だった。
昔、車に撥ねられたときのことを思い出した。
お湯はまっすぐ、私の胸をめがけて進んでいた。
心臓の上に熱湯が!?
今度こそ死ぬな、と思った。 ショック死だ。
夫は何も知らず、私の後ろで暢気にヒゲを剃っている。
電気剃刀のジージーいうモーター音と、カッターのカリカリという音だけが脳に響いた。
湯が机の端にかかった刹那、私は心の中で叫んだ。


   『さよなら、にゃぁちゃん!』

   だが、私は死ななかった。




ボトボトボト…

そんな情けない効果音で、湯が私の右太腿の上に落ちてきている。

 『あ、死んでない。』
そう思うと同時に、脚を引き裂かれるようなショックで、私は飛び上がった。
一瞬、口の中が辛くなった気がした。 それから冷たい吐き気がしてきた。
熱さを感じたのは、自分の身に起こったことをやっと理解した後だった。

穿いていた股引からは、白い湯気が上がっていた。
馬鹿な私は、とにかくそれを脱ごうともがく、だが手が上手く動かない。
(注3)
痛みに耐えかねて、ピョンピョン飛び跳ねながら、私はやっと口を開いた。

 「あち、あち、あち…!」





 「どしたの?」

夫が相変わらずヒゲを剃りながら、こちらを振り向く。
私は助けを求めて叫んだ。

 「脱ぐの、脱ぐの、脱ぐの!」

 …支離滅裂である。
夫は私を見、それから、倒れたポットを見て、慌てて叫ぶ。

 「どうしたのッ!?」

彼は恐怖に引きつりながらも私の身体を支えてくれた。

 「お湯かぶった…! 早く、コレ脱いで、冷やさなきゃ!」
そう喚きながら、私はやっとのことで、股引を引きずり下ろす。
貼り付いた皮が剥がれて、赤い真皮の毛穴が見えた。 眩暈がした。
トマトの湯剥きの様な具合だ。

そのまま風呂場に駆け込んで、シャワーで傷を冷やす。
表皮を失った私の脚。 水の当たった部分が水圧で抉れた。 更に焦った。(注4)
母親に国際電話をすると、タオルで患部を保護して、その上から流水で冷やすように指示される。
これで何とか、傷を広げずに済みそうだ。

それから添乗員に電話、保険と病院の手配…。

体液と体温を失い続け、水浸しの風呂場で低く呻きながら、私は自分のバカさ加減を呪っていた。 (続く)



  ===脚注===

注1:  診断書 第45号
病名: 右大腿部、右ひざ内側、左大腿部熱傷
平成11年8月25日朝、中国旅行中に、熱湯にて上記部位に熱傷。
同日現地にて治療を受ける。 同年8/27 当院初診。
右大腿部前面〜内側にII度の熱傷(約8%)、右膝内側と、左大腿部にそれぞれI度の熱傷(各1%)を認め、軟膏処置及び、鎮痛剤を処方した。
以後、同年11月12日まで計18回の通院加療を行った。 
11/12診察時には、強い瘢痕拘縮(注2)もみられず、治癒過程は良好と思われる。
平成11年12月7日


注2: 瘢痕拘縮:傷跡やそのひきつれ

注3: 当然、御存知の方が多いでしょうが、火傷の時、衣服を脱がすのは最も愚かな行為です。 剥けなくてもいい皮を全部駄目にすることになります。 衣服の上から流水で冷やしましょう。

注4: 火傷をしたときは、とにかく流水で冷やすことが必須ですが、皮膚のないところに直接水をかけると、こうなります。
 





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