[i mode]


My追加
 

”私”という名の”彼女”

”彼女”は私であり、”私”は彼女である。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


2003年08月24日(日) 自転しながら公転するお兄さん  − 接客業 −






   ヤ○ハの講師になって長野に越していった学生の一人が、何故だか東京に出てきたので二人で会った。 彼女の名をNちゃんとする。

   Nちゃんは真面目だ。 同級生が必死こいてるテスト前でも、

 「教科書の今までやったとこ、全部覚えればいいんだよ。」 

と、軽ぅく 言い切る。 成績も常にトップ。 ケアレスミスで満点が取れないときには、己を責めた。 正直、そこまでやらんでもいいと思う。 90点でも100点でも成績評価は同じだ。

   …

   下北沢で待ち合わせをした。 相変わらず、完璧にお洒落な娘だった。 長身・細身で姿勢がよく、ハッとするくらい目立つ。 かくいう私は紫外線アレルギーで、上下真っ黒の長袖スーツに黒の手袋、黄色いサングラスに青のスカーフを頭からすっぽりかぶり、オレンジ色のデイパックを前抱えしている。 身長は170cm近い。 はっきりいって、死ぬほど目立つ。 周りが避けて通る。

   ひとしきりお洒落談義をした後、”お昼、おごるよ” と、出来るだけさりげなく言ってみた。

 「やった♪ あたし、もう 超 〜っ おなか空いてんの!」

と、喜んでくれる。 心底、ホッとした。 ここで怪訝な顔なんかされたら、もうどうしていいかわからん。


   歩き始めて、ふと気づいた。 ハテ、こんなに声の大きい娘だったかしらん? こんな乱暴な歩き方をするコだった? …何やら、動作の一つ一つがテロリズムで、怖い。 前から歩いてきた人にぶつかりそうになっても、避けずにズンズン進む。 どうしたんだろ? どうしたんだろ? Nちゃん、何があったんだろ?


   和食が食べたい、というので、本多劇場の裏手にある感じの良い御飯どころに入った。 戸口近くで本物の小鳥が囀り、カウンターの下では鈴虫が鳴き、ご主人のヒゲは中国の仙人みたい、という、こだわりの店だ。 下北沢の喧騒の中にあって、ここは隠れ家のように静か…



   …の筈だったのだが、Nちゃんの声量が下がらない! ご主人と奥さんがチラチラこちらを見るが、私はただ恐縮するばかり。 教室で大勢に向かって話してるときの音量だよ、コレ。 入り口の小鳥達も興奮して鳴きまくる。 うわぁ…

   ”気づいてくれ 〜っ!” と、念を送っていたが、最後まで通じなかった。 (当たり前か?) 口に出して、

 「はい、ボリューム下げて♪」

と、言うべきだったのだが、テンパっている彼女に遠慮して、上手い台詞が見つからない。 ごめんなさい!  >お店の皆さん
あの店、もう行けない。



   Nちゃんが東京に来たのは、腱鞘炎の鍼治療の通院のためだと聞く。 (医療費控除による還付申告のときは、通院に要した交通費も認められる、と教えておいた) 地元で医者にかかると、待合室で知人に会ってしまうので煩いのだとか。 オフの時まで人に会いたくないらしい。 まるで私だ。


   講師というのは接客業だ。 毎日、100人以上の他人と接触する。 しかも彼らの受けがあんまり悪いと、”指導力不足”の名目でクビを切られる。 だから自分の精神状態がローのときでも、トップギアでつっぱしっていかねばならない。 授業中は、クラスの雰囲気も、時間の流れも、講師一人の裁量にかかっている。

   自分の排気量(能力・性格)に合った運転をしなければ、当然、エンジンがやられる。 だから、オフの日にはピットインだ。 誰にも媚びず、自分のペースで羽根をのばしたい。 そうでなければ、やっとれん。

   Nちゃんは、東京へ来ていることを、私以外の誰にも知らせていないそうだ。 友達と会うのもかなり辛いらしい。 凄くわかる。 まさか、彼女がこんなに私と似た考え方をする娘とは思っていなかった。 本当のところ、彼女の精神状態が危ぶまれる。 大丈夫か? >Nちゃん

   数ヶ月前、彼女は仕事のストレスから何も食べられなくなり、全く起き上がれなくなり、点滴のお世話にまでなったそうだ。 で、職場に、”仕事を減らしてくれないのなら、もう辞めます” 宣言をしたのだが、慰留されたらしい。 うーむ、私もコレやったことがあるよ。 君も躁鬱なんじゃないのか? >Nちゃん

   
   何やら色々心配になったのだが、自分一人の心もまともに扱えない私に、ちゃんとしたアドヴァイスなんて出来るはずもなく、そのまま一日が過ぎた。 夕方にはウチに招んで、PhotoShopの使い方を教えたりもした。  でも人生の先輩としては、あたし、使えないね…。 ゴメン。


   …

   
   夜10時を過ぎたので、吉祥寺駅近くのホテルまで彼女を車で送っていった。 一日話していたら、段々、彼女の声も穏やかになっていて、それが凄く嬉しい。

   「うちの兄ね。 自転しながら公転してくれたんだよ♪」

Nちゃんがいきなり言って笑った。 私は何のことだかわからなかった。

  「中学の理科のテストの前にね、あたしは頭悪いけど、兄は頭いいわけ…」

どうも地学のテスト前、太陽と地球の関係について、地軸の傾きについて、そして地球に何故四季があるのかについて、中学生の彼女は2つ上のお兄さんに説明を求めたらしい。 

 「ああ、粘土でボールを2つ作って、一方に竹串さして、傾きを一定にしてぐるぐるまわしながら(これが地球)、もう一方(これが太陽)の周りを ぐぃーん と、大回りさせる奴?」

 「違う! 終わりまで聞け!」

私が合いの手を入れると、何やら遮られたので、その後は黙って聞いていた。



 「あたしが頭悪いから(← そんなことないだろ)、兄は大変だったわけよ。 で、当時は兄も中学生だったから、3Dの模型とか考えなかったらしいのね。」

 「だから、自分が地球になってさ。 傾いてみせてさ。 それで自分でグルグル回転しながら、あたしの周りを回ったのよ♪」

彼女は笑い出した。 笑いながら、続けた。

 「まりぃ、わかる? あたし頭悪いから、一回じゃ全然わからなかったのね。 だから、兄がもう何度も何度も 自分は自転しながら、あたしの周りを公転するのよ。 ”ほら、これで南半球が夏だろ?” とか色々言いながらさ。」

Nちゃんの笑いはとまらない。 ホテル近くの駐車場に車がついても、まだ笑いながら、話し続ける。 可愛い妹の周りを、一生懸命、理科の説明しながら回転し続ける真面目な少年の姿を想像して、私も少し笑った。 なんて素敵なお兄さんだろう。

 「笑えるでしょー? じゃね!」

話し終わった彼女は、思い切りよく宿へ向かっていった。


   帰り道、私は考えた。 彼女は何故いきなり、お兄さんの話をしたのだろう? ”わかりやすい説明のためなら、率先して馬鹿になれ” という例えなのだろうか? そんな文脈ではなかったような…。 ”自転しながら公転するお兄さん” の話は、何やら突然出てきたのだ。


 『愛だなぁ…。』

私はひとりごちた。 これは ”家族の愛”の話なんじゃないかと。 Nちゃんは、今、寂しいんじゃないかと、ふと思った。 こっちの勝手な憶測だけど、とにかく思った。 だから聞こえないだろうけど、エールを送るよ。

 がんばれ!

 がんばれ!

 がんばれ!


   …一緒にがんばろうぜ♪   まりぃ。


リリカル鬱日記:『まりりん32』@Pika del giorno d'altri tempi

雑文速報  [ReadMe!]登録情報の参照 
enpitu 闘病ジャンル新着TOP50 enpitu my セレクト 公開お気に入り



My追加

 < 過去  INDEX  


まりぃ。
『ピカチュウの部屋』更新情報  

エンピツ姫・エンピツ王子のための『俺色の質問・四十八手』 自己紹介
リンク!

SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu